REAL STORIES
数字の裏にある、
本当の話。
実績は結果に過ぎない。何が起きたのかを知ってほしい。
「私、勉強できないんで無理ですよ」という生徒が、国公立大に合格した
着任後、生徒たちとZoomで話した。「大学は考えてないの?」と聞くと返ってきた言葉は、「私、資格ないので」「商業高校に来るときから就職するって親と約束してる」「ジャニーズの追っかけをしたいから東京か大阪に住みたいけど無理ですよ」——。
生徒に足りないのは能力ではなかった。「自信と情報」だけだった。
勝負は生徒たちの心に火をつけられるかどうか。
「私、勉強できないんで無理ですよ」という生徒が、国公立大に合格した
着任後、生徒たちとZoomで話した。「大学は考えてないの?」と聞くと返ってきた言葉は、「私、資格ないので」「商業高校に来るときから就職するって親と約束してる」「ジャニーズの追っかけをしたいから東京か大阪に住みたいけど無理ですよ」——。
生徒に足りないのは能力ではなかった。「自信と情報」だけだった。
勝負は生徒たちの心に火をつけられるかどうか。
理事長と2人きりで4時間。「君が校長をやればいい」
校長を続投させてほしいと直談判した。「この学校には可能性がある。もっとやれることがある」と精いっぱい訴えた2人の話し合いは4時間になった。理事長はその間、2度もフライトを変更して付き合ってくれた。
話し終えた頃、理事長は淡々と言った。「そんな学校を本気で作りたいなら、君が校長をやればいいじゃないか」と。
安全な道にいながら文句だけ言っている人間にはなりたくない。
「30歳で校長になれたら、年齢の壁を壊せるかもしれない」
陸上で9秒台が出ない時代、「日本人には無理」と言われ続けた。しかし一人が9秒台で走った途端、次々と9秒台が生まれた——。
何者でもない自分が30歳で校長を務められたら、教育界の「年齢の壁」が壊せるかもしれない。それが決断の理由だった。
やってみなくちゃわからない。生徒に言ってきた言葉を、自分に言い聞かせた。
「これまでそうだったから」を疑う。まず朝課外を廃止した
校長就任後、最初に問い直したのは「何のために」だった。ある校長先生から学んだこの問いが、景色を変えた。朝課外の廃止、生徒主体の「キカクブ」発足、修学旅行プランニングの生徒委任、校則の見直し——。
手段はいつの間にか目的化する。その気づきが改革の起点になった。
変わらない学校と変わる学校の違いは、「変わると信じているかどうか」だけだった。


